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【６：陸の言い分】

ピンポ～ン♪ピンポ～ン♪……ピンポ～ン♪

その鳴らし方で、陸はすぐに誰だか分かった。

「なんでいっつも３回目が遅いねん」

寝起きの頭を掻き毟りながらモニターすら確認せずにオートロックを解除してやれば、数分後、玄関には予想通りの人物が現れて。

「おはよ、兄貴」

邪魔するで～と、遠慮もなしに入ってきた。

「ごめんな？寝てた？」

振り返って首を傾げる顔は、少しだけ申し訳なさそうな表情。
そこが弟の素直で可愛いところだと、陸は小さく微笑みながら近づく(←ブラコン)。

「ええよ。何や？」

いい年した弟の頭をひと撫でして、ソファに促してやると、

「あ、うん…」

急に緊張した面持ちに変わった大河が、遠慮がちに座って。
そこで陸も、昨日の話を思い出した。

「どうした？」

キッチンでグラスにお茶を注ぎながら、声をかける。
困ったことが起きて相談しにきたのか、それともすでに“結果”を出してきた後なのか。ソファで俯く大河からはどちらのパターンも想像できて。
とりあえずリビングとキッチンの距離感でする話でもないので、陸もグラスを持って戻っていった。

「ほら」

１つを差し出して、それを受け取った大河の隣に座る。

「あの、な？兄貴…」
「ん？」
「昨日のことで、ちょっと…」
「まあ、そうやろな」

言葉を促すように隣に顔を向けて、ふと気付く、違和感。

「それ、どうしたん？」

グラスを受け取った右手の人差し指が、ガーゼで巻かれていて。

「ああ、ちょっと…」
「ん？」
「コップ落として…拾おうとして……」
「は？お前なぁ、気をつけ…」

言いかけて、瞬間よぎったのは、嫌な予感。
……まさか。

「直希か？」

思わず問いかければ、大河の肩が、分かりやすくビクンと大きく揺れて。

「お前…っ」

一気に眠気が醒めて、陸は大河の肩をグッと押して自分に向けた。
しかし、陸の表情を見た大河がハッと気付いて、

「いやいやいや、兄貴おかしなこと考えるなよ？」

慌てて首を振る。

「おかしなって、お前…それ」
「違うって。直希のコップ割ってしまって、拾おうとしただけで、その…」
「それだけでなんでそんな動揺するん？」

逆上した直希との修羅場を想像した陸が問い詰めれば、

「それは、ちょっと、いろいろあったから」

大河はまた大きく首を左右に振る。

「いろいろって何やっ」
「いろいろは、いろいろやっ」
「意味わからん」
「わかれやっ。いろいろあって割れたってことやっ」
「だからそれ何やねんっ」

口達者の割に時折ボキャブラリーを失うという共通点を持つ兄弟２人の言い合いは、平行線で、

「どんないきさつあって割れんねんっ」

先に苛立った陸が大河の両肩を掴む。
そして、また気付いた、異変。
パーカーを羽織った大河の、真っ白な首筋にチラリと見えた、真っ白だからこそ見えてしまった……痕。

「大河…お前……」
「え？」

ワケがわからずに兄を見つめた大河が、その視線がどこに向けられてるか気付いて。

「………っ！！」

慌てて首元を隠したが。当然、後の祭り。

「お前、何されたんやっ！」
「兄貴、ちょっと、誤解や…」
「誤解って何や。それをどう誤解しろって？」
「だから、これは……、い、言えるかアホっ」
「ほら、言えないってそういうことやろっ。いろいろあってコップ割れて、そんな痕つけられて。お前、何を呑気にインターホン３回鳴らしてんねんっ」
「いや、だから…」
「お前、昨日アイツと話したんやろ？それで、何されたんや！」

取り返しのつかないことをされたのだと、そうだとしか思えずに、陸は眉を顰めたが。

「違うんやってっ！！」

陸の胸を両手で押して、大河が叫んだ。

「俺が言いたいのは…っ」

そして大河が次に言った言葉は、陸が予想したどれでもなかった。


「直希とは、別れたくない！」